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無敵の中年男性!的確な中年男性!難攻不落の中年男性!

わし

経歴の要約。高校まで気に食わない教師の家にロケット花火を打ち込んだり職員室の電話の受話器にウンコ擦り付けたり写真とか水泳とか深夜徘徊を嗜みつつ現役で早稲田受かったのは今でも何かの間違いと思ってる。

初稿:2010年くらい 最終更新:2017-04-22

わしが初めて自分のパソコンを手にしたのはかれこれ20年前で、生協で売ってた富士通のDESKPOWER。いわゆるDOS/V機で、IntelのDX4-66に64MBのSIMM、300MBのHDDといわれても何の呪文という認識。OSはWindows3.1だった。ワープロや表計算使ってみたりゲーム入れて遊んでたのだが、空き容量が少なくなってきたのでいろいろ削除しようと思ったのが運の尽き。何をどう操作した結果かC:\以下全部消してしまった。UNIX的には# rm -rf /ってやつだ。んまあそこからが大変よ。

同じゼミにパソコン通がいたのがせめてもの救いで、彼のアドバイスを得てDOSなるものを初めて知り、悪戦苦闘してなんとか再インストールに成功。んまあ、Windows3.1がGUIの皮を被ったDOSだったことが、その後の人生を大きく変えることになろうとは知る由もなかった。95から入ってたら、たぶんDOSを触るのはもっと後になっていたと思う。コマンドラインでいろいろ操作するのは案外楽しく、このときの経験がその気なんてさらさらなかったIT業界で働くきっかけになったのは間違いない。今となっては、ITに関わったことがよかったのかどうかもわからんが。

またゼミの専門が情報科学だった関係から1994年の時点(国内では相当な初期だろ)でゼミ室にインターネットが導入され、ここでMosaicの向こうに広がる世界に触れたことがいろんな意味でわしを後戻りのできない道へと後押しすることになった。

大学辞めてから、富士山の牧場で馬と暮らして心肺機能がむちゃくちゃパワーアップしたけど下界に降りたら二週間で元に戻ったり、建設現場の基礎調査で何週間も現地に篭って禁欲生活荷重試験に明け暮れたり、とわけのわからん日々を過ごしたのち、どういうわけかSIベンチャーに転職。

そしていきなりNT3.51&4.0Serverの講師をやるハメに。「できません」とはいえず1ヶ月くらい泊り込みで授業に使う40台のマシンに毎日OSのインストールやネットワークの設定をやったおかげで目を瞑っても作業できるようになった(40台x1日2回x20日=1600回もやりゃサルでも覚えるわ)。反復こそ最強のスキルアップと思ったね。TCP/IPやイーサネット、LAN構築に関する知識や技術もこの頃身に付けた。会社に戻ってからは勘定奉行とか弥生会計とか業務パッケージの導入支援をやるうちに上流工程寄りの案件も増えた。「できません」とはいえずハッタリのかまし方と同時に要件定義や設計絡みのノウハウも蓄積してったのかな。

その流れで某ファッション会社にウェブディレクションのため常駐することになったり。ディレクションといいつつ、結局システムメンテやコーディングまで引き受けることになったのだが、鯖がそれまで見たこともないSPARCサーバとSunOS+Oracleでマジ面食らった。「できません」とはいえずNTT-PCのデータセンターにこれまた連日泊り込んで四苦八苦しながらも1ヶ月もしたらすっかりUNIX漬けに。これもCUIには慣れてたおかげだわ、DOSに感謝だな。

その後はLinux系のお仕事をいろいろと。SQLサーバ本を書いてくれと頼まれ、「できません」とはいえず執筆に必要な知識得るのに書籍購入、たしか報酬の3倍くらいかかった。しまいにゃ無修正動画配信サイトをゼロから立ち上げることになり、エンコードもプログラミングもわしの領分じゃねえよと嘆きつつも「できません」とはいえず嫌でもFlashやTMPGEnc、CGIやPHPを触らざるを得なかった(ソースは読めるし手直しもできるけどゼロからスクラッチで書くのは無理)。

2006年頃はこんな感じ要するに全部独学。社会に出てから誰も教えてくれる人なんていなかったから、必要に迫られて覚えたことばかりで体系だったものは何一つ身に付けていない。こうしてお勉強コーナーを書き始めたのも、ITに限らず身に付けた何かを自分なりに体系立てる必要性を感じていたからかもしれない。第三者からするとわしのようなタイプはめちゃくちゃ査定しづらいと思う。どこかでちゃんと「できません」っていえばよかったのかなあ。でもできちゃったからなあ。

・・・それはさておき、今動いてるものに問題があるわけじゃないのに、業界の都合でシステムのアップデートを押し付けるようなやり方が子供だましというか、体力に余裕のない中小企業に余計な負担を押し付けただけに思えてつくづく嫌になり、結局IT業界から足を洗った。今でも個人レベルではITは好きだけど、業務システムとしてのITにはかなり嫌悪感を抱いてる。得したのは誰よ?って感じ。ITは一見世の中を便利にしたように映るけど、因果フローを複雑にし金と手間のかかる仕組みに仕立て上げ、さらに心の進化が追いつけないまま情報がどんどん可視化された結果、いろいろ後戻りできない社会にもしてしまったんじゃないだろか。

今やどこの世界でもITスキルは必要とされるけど、ぶっちゃけIT“だけ”できてもダメなんだよねえ。

もっとも、後戻りなんて今も昔もできないよね。一度開いたパンドラの箱を閉じたところで飛び出した災厄が消えるわけもなく、現実を受け入れることだけが希望へと繋がる唯一の道なのかしら。

そんなわけで、革命レベルの時代の変わり目にいながらチャンスをモノにできなかった中年男性は、現実に目を背け競馬と写真とオナニーに明け暮れることでカタルシスを得ている、というわりとよくあるお話。